カテゴリー: BEAUTY

The Scent of Spring

数ヶ月ぶりのカナダの空気はすっかり春です。冬の間、ずっと雨に浸されてきた樹々と大地が、柔らかい春の陽射しに照らされ始めると、何とも心が解れるような香りを放ちます。

今年の春は思いもよらない形で、ずっと追い求めていた「春一番の香り」を見つけることができました。それは、Cottonwood Budsの香り。「コットンウッド」は和名で「ヒロハハコヤナギ」と言うようで、ポプラの1種です。 空を仰ぐほどの高い木に成長し、夏前になると、ふわふわそこらじゅうに白い綿を雪の様に降り注ぎ、この幻想的なCottonwoodが私は大好きです。

早春と呼ばれる季節。Cottonwoodの枝から新芽が出始めます。この新芽の蕾の中に、オレンジ色の樹脂が含まれていて、カナダ先住民はもちろん、Cottonwoodが生息するさまざまな地域で、長年薬として使われて来ました。樹脂には、サリシンと言う抗炎症性の物質が含まれていて、鎮痛剤や解熱剤の効果を持っています。現代医療のアスピリンと同じ効能があることも分かっています。その他にも、ミツバチが樹脂を集め、巣作りに利用します。これが後のプロポリスにもなるそうです。Cottonwood Budsから抽出したオイルは、スキンケアとして、バームやマッサージオイルなど色々に活用するすることが出来ます。

そんな万能なCottonwood Budsですが、私が一番惹かれたのは香りでした。調べて行く中で、その香りを「地球上で最高の香水」と例える人もいれば、「温かなクリスマスツリー」、「甘いキャラメルとハニー」、「魅惑的なアンバー」、と言う表現が。そして誰もが、「一度嗅いだら忘れられない香り」と評するのです。

調べるほど想像は膨らむばかり。そんな香りを嗅ぎたい!と、長く思いを馳せていましたが、何かとタイミングが合わず、この数年Cottonwoood Buds の香りはおろか、その姿さえ見ることはありませんでした。

そして訪れた今年の春。導かれるように、Cottonwood Budsは意外にも身近な場所で、色々な偶然が重なって、私の前に現れてくれました!すでに蕾が大きく成長し、その先端から滴るように赤っぽいオレンジ色の樹脂の雫が、太陽に照らされてキラキラと輝いていました。樹脂は触ると糊の様にベタベタします。この蕾が開く直前に、ベタベタしていることを確認して収穫するのです。

胸が高鳴りながら初めて詰んだCotton Bud。そっと鼻先へ、その香りを自分の中に吸い込んでみると、何とも言えない力強く甘い香り!このままぺろりと舐めたくなる、まさにプロポリスのキャンディーそのものの香りです。

Cottonwood は手の届きようがない高い樹木なので、なるべく落下した新鮮な蕾がある枝を探してサステイナブルに収穫します。指先が樹脂でべったりとオレンジ色に染り、その祝福の香りを時折噛み締めるように嗅ぎながら作業を続けていたら、あっと言う間に夕暮れになってしまいました。

大切に家に持ち帰り、暖かい灯火を持ち帰ったかのような、そんな香りが部屋中に漂っていました。

ずっと会いたかったCottonwood Buds。「遠くに出向かないと見つけられないのではないか」と言う先入観があり、いつかどこかでと、憧れのような存在でした。しかし、自分の身の回りの自然をよくよく観察していくと、探している宝物は実は足元に転がっていたりするものです。当たり前のように目の前に存在する身近な自然こそ、沢山の気づきを与えてくれるのかも知れません。

収穫した蕾は、早速ティンクチャーとオイルに漬け込みました。Cottonwood Budsの香りと共に、これから忙しいフォレジング(野生の植物を採取すること)の季節の始まりです。

To the North

アラスカに生きたカメラマン・星野道夫さんが綴った「旅をする木」に出会ってから、いつかカリーブー地方と呼ばれるブリティッシュコロンビア州の北部を旅してみたい、と心の中にどこか憧れのような秘めた想いがありました。そんな想いが、この春、白樺樹液を採取しに行くという目的で実現しました。

4月は長い冬から目覚め、雪解けが始まる北の春。樹々が芽吹く直前に、白樺は大地から生命のエネルギーを吸い上げるように無色透明の樹液を出します。「森の看護婦」とも呼ばれる白樺樹液は、健康と美容に効果的な成分がとても豊富に含まれています。保湿力と抗酸化力に優れ、体内で生成することのできないアミノ酸、ヒアルロン酸やコラーゲンの保護に役立つポリフェノール、カルシウム、カリウム、マグネシウム、ミネラル、そして美肌には欠かせないビタミンCなどの成分がバランスよく含まれているのです。昔から北欧やロシアでは民間療法で広く利用されている白樺樹液。いつかカナダで採取してみたいと思い続けていたところ、色々なご縁が重なり、白樺樹液を採取している農家さんに今年の春、「直接採取しに来ませんか?」とご招待して頂きました。

白樺樹液は冬と春の移行期間のほんの2週間程しか採取出来ません。この奇跡のような樹液を求めて、往復1,570kmものカリブー地方へのロードトリップを試みることになったのです。片道800kmほど、時間にして8時間以上のドライブですが、そんなに走ってもまだブリティッシュコロンビア州の中間部と言う、カナダのとてつもない距離感に圧倒されます。

北上していくと、同じ州とは思えないくらい、何ヵ国も国を跨いで旅しているような変化に富んだ美しい北の大地が広がっていました。緑深い山を越えると、一面砂漠地帯へ。

マーブルキャニオンと呼ばれる大理石のような岩山を横に、いくつもの渓谷を抜け、山火事の形跡か残る枯れた荒野が続いたかと思うと、

今度はのどかな牧草地帯が広がり馬や牛が放牧されていました。

湖水地方のような湿地帯…。

フレーザー川を見下ろす絶壁をゆっくりと走る列車を何度も追い越しながら、かつてゴールドラッシュで人々が積極的に北を目指した開拓時代のロマンとノスタルジア漂う情景…。

そして何より、永遠に続くような高原を進む中、4月ももう終わりというのに半分まだ氷を貼った湖の光景を目にした時、「あぁ、北に来たのだ!」と、その厳しい冬の終わりにある静寂な美しさに一瞬で心奪われました。

正直、白樺の事で頭がいっぱいだった私は、こんな美しいドライブが待っているなんて想像もしていなく、ドライブ中終始、カナダの美しさに改めて胸がいっぱいになっていました。

Quesnel (ケネル)という目的地に到着したのは、2日目の午後。3日間、65ヘクタールもの広大な農場の敷地に滞在しながら、白樺樹液の採取を体験させて頂きました。最初の夜は、まだ気温が0度近くに下がる中、「バンクーバーから来客が来てるから」と、仲良しご近所さんも集ってボンファイアを囲みながらBBQでおもてなししてくれました。「明日は、白樺樹液採取へ9時15分の出発だからね!」と言いながら、北の人達はお喋り好き。暖かい炎に包まれながらついつい夜更かししてしまいました。

翌朝は、胸が高なる中、夢にまでみた白樺採取へ!調べれば調べるほど、白樺樹液というのは神秘的で、採取時期も限られていますが、その保存方法も限られています。白樺樹液は、採取後2日と保たず、すぐに腐ってしまいます。こちらの農家さんは、毎年何100本という白樺から樹液を採取していますが、全てその日のうちに煮込んでシロップにしてしまいます。今年は3,000~3,500L採取予定だそうですが、多い年では6,000Lにも及ぶ樹液をシロップにしているそうです。私の目的は、白樺樹液を原液のまま保存すること。この旅を決めてから、多方面の白樺のプロや某大学の研究チームにまで問い合わせ、白樺樹液の保存方法のアドバイスを頂きました。この難題に、過去の実体験から快くご教授してくれた人達、研究資料を共有してくださった人達が頭に浮かび、「失敗は出来ない」と、採取当日の朝はちょっと緊張してしまったほどです。

実際、白樺樹液の採取作業は4人の男性チームで手際よく進められ、前日からバケツに溜まった樹液を回収していきます。1時間ほどで、200本の白樺に設置してあったバケツから400Lもの樹液を皆で運びました!

「ちょっと飲んでみる?」と、白樺に空けた穴からぽたぽたと滲み出てくる樹液を口にした時、そのフレッシュさと美味しさにまたまた感動!ほぼ無味ですが、どこかほんのり甘さを感じる優しい口当たり。大自然の貴重な恩恵を直に受ける時ほど、心が震えることはあるでしょうか?

採取後は2日にわたる長い保存作業が待っていて、こちらも時間との勝負。毎晩遅くまで食べる暇も惜しいほど、キッチンで作業に夢中になっていました。滞在最後の夜も、「お茶に行くね」と約束した仲良くなったご近所さんのミッシェルさんのお宅にも伺えず、夜9時過ぎまで白樺樹液の保存作業でクタクタになっていました。そんな所に、ミッシェルさんが真っ暗な夜道の中やって来て、「ちょっと家から出てきてもらえる?」と…。すると、「白樺好きなMINAにプレゼントがあります!」と、白樺の外皮をリボンにあしらった大きな紙袋を手渡してくれました。

そこには、彼が採取したチャーガと呼ばれる白樺のみに寄生するスーパーフードとして名高いマッシュルームの塊と、それを挽いたお茶、そして、彼の敷地内で採れたハニーの瓶が詰まっていました。その瞬間、疲れなど一瞬で吹き飛んで、北の人々の優しさに涙が溢れそうになりました。作業がやっと終わり、私に快くキッチンを占領させてくれた農家のオーナー夫妻のエロイーズとテッド、そしてミッシェルを交えて最後の晩餐。もちろん、飲み物は「白樺樹液」で乾杯!

夕飯を囲んでいる最中、ふと「寒いことが人の気持ちを暖めるんだよ。遠く離れている事が人と人の心を近づけるんだ。」という、星野さんが語っていた言葉が、最後の夜を締め括るにふさわしく頭に浮かんで来ました。初めて会ったとは思えない程、家族のように、長年の友人のように、迎え入れてくれた北の人々。短い滞在なれど、そのコミュニティーの人間力に、何よりも感動させられた数日間でした。

カリブー地方は私が想像していた以上に遠く、美しく、温かく、そしてどこか懐かしい、また戻りたいと思わせてくれるそんな場所です。私が感じたこのエッセンスを、持ち帰ってきた白樺樹液に込めながら、また新たな旅がここから始まります。